iPadを手にして思うこと
あまりに操作が(私にとって)独特なiPadは、もちろん 直感的にかなりのオペレーションが可能なのだが、どうも、あまりに自動的過ぎて、どういう処理が走っているのか、わからないため、不安を覚える。
例えば、データの流し込みは自動だが、いったん流し込まれたデータを消すにはどうしたらよいのか?といったような、素朴な疑問が次々と生じてくる。
で、入門書を買いに本屋に走る。
さすが流行の先端だけあり、幾種類もの本が並んでいる。
幾つかを手に取り、ぱらぱらと眺めてみると、電源の入れ方・切り方といった共通の内容を除くと、それ以外は、
・操作方法を極めたり、やりたい目的に沿ったオペレーションを丁寧に述べたもの
・このiPadを、どうビジネスに生かしていくかに主眼を置いたもの
に大きく分かれることに気がついた。
私の世代では、システム手帳の紙でできたものが「できる」ビジネスマンの象徴であった時期がある。やがて、これが電子式の「システム手帳」に置き換わるかと思われた時代もあったが、結果的には、「できる」人に限って、この電子式システム手帳は、使われることがなかった。
このiPadは、電子の力でビジネスを支えるツールを作った人たちの、リベンジの結果だと感じた。
ただ指先で操作をするだけではなく、これをどう、最新技術となじませて、仕事の効率化に生かしていくのか。
ここには、「クラウド」 といった最近の流れの理解が必要になってくる。Googleの技術革新を、どのようにして自分が理解し取り込んでいくか。
これができない人は、まあ、それはそれで、やっていけるのだろうが、長い目で見ると、取り残されていくような危機感を覚えるのかもしれない。
Windowsパソコンは、どんなに優秀であっても、電源を入れて即、ここまで軽快には、そして長い電池寿命で動くものはない。このように軽く軽快に立ち上がり、簡単に操作できるものであれば、ビジネスに使わない手はない。しかし、使いきれない人も相当多いだろうと思う。
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