DNAと因縁

私は特に高所恐怖症というわけではないが、高いところから身を乗り出せば、怖い(汗;
 この「怖い」という意識は、ヒトとして、生命体として、当然の生命維持の本能による感情だと思っていたが、中には、未踏な高地に危険を承知でわざわざ出かけて冒険を平気でする人たちも居る。同じ人間で、どうしてこう違いがあるのだろうと常々疑問に思っていた。

 ある生命科学の本を読んでいて、人が高地を怖いと感じるのはDNAの中に刻み込まれた生命の維持のための基本的情報であるという事が書いてあった。
 バンジージャンプを平気でする人たちの中から、および歴代の著名な冒険家の中から、DNAがどうなっているのかを調べると、どうなるのだろうということは、興味深かった。
 で、ある学者が調査したところ、怖いもの知らずの人たちには、ある共通したDNAのパターンの特色があるのだそうだ。
 彼らは恐怖を感じても身をすくませることはなく、むしろその危険を克服した時に快感を感じる化学部質が脳に分泌されるために喜びを感じ、そして次の冒険へと身を委ねることが出来るのだという。

 DNAは両親や先祖から受け継いだものであって、それを身体の中で自身で変化させることはできない。近い将来に、遺伝子治療というものが一般的になる事によって、難治の病が解消する事があるのかもしれないが、まだ夢の世界に近い。
 それは、そういう親から受け継いだものであって、それは受け入れるべきものであろう。
 いわゆる生活習慣病というものも、たとえば、遺伝的にある病気になりやすい遺伝子構造を持ったまま生まれてきている人は、そうでない人と比較すると、たとえば同じ量の塩分を採っていたとしても高血圧になりやすいといったように、目に見えにくい形で発症するという事が分かっている。また、それらの遺伝子を持っているかどうかの検査も、昔は軽く数百万円していたものが十万円程度で誰でも希望すれば簡単に受けられるようになってきた。

 今日、精神科学関係の本を読んでいたところ、「因縁」という言葉がでてきた。

 一般的に、私たちは因縁という単語を、負のイメージで使う事が多い。しかし、その本によれば、良いことも悪いことも「因」であり、それを開花させるきっかけと出会う事が「縁」なのだそうだ。そして、「因」はご先祖から受け継いできたものであり、そこには精子と卵子の天文学的な確率の出会いがある、というような趣旨であった。

 本が本だから、なんか宗教的に聞こえるのであるが、私が科学未来館で説明している内容と同じなんだなあ、なんて、感じたりした。

 DNAとくくりつければ、明確に理解できる事はあるが、人と人との偶然の出会いとか、会いたい人が居ると会ったりとか、誰かの事を考えると電話が向こうからかかってきたりとか、そういう事も理解できるような説明はあるのだろうか。

 大江戸線に乗っていて、偶然六本木で降りた人が、ああ、魅力的な方だなあと思っていると、帰りもなぜかその人が異なる駅で乗って来て、たまたま空いていた私の向かいの席に座る、みたいな偶然は何故か私の場合、多い。
 混雑している大江戸線で、しかも6両もある編成の車両で、待ち合わせをしようとしても出来ないくらいの混雑の中で、どうしてこういう偶然がよくあるのか、不思議だ。

 これもDNAの記憶なのか。

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中村 睦
でんでん工房 代表

東京都杉並区生まれ。
ソフトウエアハウスで二十年ほど勤務した後独立。
現在は「でんでん工房」代表。
日本セキュリティ・マネジメント学会会員。
月に二回程度、お台場の日本科学未来館で展示解説を行っています。(担当は生命科学、地球とフロンティア、国際宇宙ステーション)
趣味はドライブと温泉。
著書に「お気に入りのubuntu」 「理系PC初心者のためのKNOPPIX活用法」など。
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